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下関国際の監督経歴「生徒のために引っ越し4回」かき氷国際大阪桐蔭破る

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山口県の下関国際高校野球部の監督は阪原秀尚監督です。下関国際高校は春夏合わせて5度目の甲子園出場です。荒れてしまっていた野球部の立て直しが話題になってます。調べていくとなんと阪原監督は生徒のために家族で引っ越しを4回もしていることがわかりました。

この記事では下関国際高校の監督、阪原秀尚監督の経歴、紹介します。

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下関国際高校とは

 

下関国際高校は山口県下関市にある私立高等学校です。

偏差値は36~37です。

①1964年(昭和39年)に下関電子工業高等学校として創立した私立高校
②1993年に下関国際高等学校に高名変更
③普通科・電子科 1学年定員120名
④卒業後の就職率は100%進学者もあり
⑤野球部は1965年(昭和40年)から
⑥野球部の成績:2017・2018年と2年連続出場
⑦野球部OBにロッテの宮崎敦次選手がいます
2017年に阪原監督が「文武両道はありえない」と発言して話題になりました。
2018年に春夏甲子園出場を決めてます。そして、「強いチームは後半戦が強い」と強化していました。

2022年の山口大会の成績:優勝候補

2回戦   7-0 下関工科
3回戦    5-3 宇部鴻城
準々決勝 10-0 岩国商
準決勝  4-3  南陽工
決勝   10-4  宇部工
山口大会の頃から下関国際は優勝候補にあげられていました。
最速147キロ、2種類のスライダーが武器の左腕古賀選手。
仲井、松尾ら投手層が厚い
1試合の平均失策数は0.6と守備も堅い
1年の時から主力として経験を積んだ選手が多い
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下関国際の阪原秀尚監督の経歴

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名前 阪原秀尚
生年月日 1976年
高校 広島電気大学付属高等学校(広島国際学園高等学校)
大学 広島国際学院大学・東亜大学
社会人野球 ワイテック
現職 下関国際高等学校野球監督
学生時代は投手。社会人野球もされていました。最初の大学広島国際学院大学では教職免許をとっていなかったので、東亜大学に入りなおし通いながら2005年8月に下関国際高校の監督に就任しています。

荒れた高校

阪原秀尚監督が就任する前の下関国際高等学校は生徒がかなり荒れていました。
野球部員の集団万引きが発覚。山口県大会の抽選会直前で出場の停止処分をうけたこともあります。
阪原監督が就任したとき、
厳しすぎて、部員が皆辞めて最後は1人になりました。それから3人もどって4人に。
グラウンド整備や道具の扱いもひどかった。
マナーを教えようとすると辞めてしまう。
毎年主将が逃げた

下関国際高校を立て直した監督の方法

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①県外チームとの遠征で連帯感を持たせた
②携帯電話は入部前に解約
③朝練習は朝5時から2時間
④遠くの遠征にいくのに、自ら年末に近くのマルハチニチロさんの漁港で冷凍した魚を冷凍車から降ろすアルバイトをして飛行機代を稼いでました。
⑤授業後は16時から23時までというスパルタ
⑥文武両道を考えると逃げ道をつくることになるのであえて捨てる
⑦飲み物は水・牛乳・果汁100%ジュース・スポーツドリンクのみ
⑧買い食いはしない
⑨練習遅くてアパート住まいをする学生のために4回も家族が引っ越し
体力・健康も考えながら連帯感を強め、持久力・集中力をつける。自主性をまっていたら3年終わってしまうので半強制的にやらせていました。周りからみたらかなりのスパルタで、逃げてしまうのは仕方ないとも思えますね。

坂原秀尚監督の家族:引っ越しするのは学生のため

 

阪原秀尚監督の家族は奥様と3人のお子さんがいらっしゃいます。野球部員のためになんと4回も引っ越しているそうです。
下関国際高校には寮はありません。なので学生の中にはアパートを借りて住む生徒もいます。阪原監督は学生のために近くにいるため、引っ越しをするそうです。お子さんもいるし、家族もいるのにです。

青学陸上部の監督に少しにていますね。「責任をもって学生をみる」監督の伍か家族もとてもご理解されているのでしょう。

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下関国際高校の2022年の高校野球選抜メンバー

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こうして阪原監督の改革によって、他県から選手が入ってくるようになりました。

今年のメンバーも他県からが多いですね。

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下関国際の選抜メンバーの出身県
兵庫県  5名
広島県  4名
福岡県  4名
大阪府  3名
山口県  1名
和歌山県 1名
下関国際の4年前の甲子園の試合をみて憧れて入ってきた選手が多いといいます。4年前といえば、ちょうど中学2年生。高校受験をその時決めていたと思うと、なんだか凄いですね。
3年の選抜メンバーに加えて、怖いもの知らずの2年生がスタメンにいて活気は並々ならぬ雰囲気があったのだと想像できます。

史上9度目の三重殺(トリプルプレー)

3-4の7回無死1、2塁。カウント2-0から大阪桐蔭はバンドエンドランを仕掛けました。打者の3年田井志門外野手のバントを投手の3年仲井慎がノーバンウンドでつかみ、2塁・1塁と転送。スタートしていた走者は戻れなかった。

このトリプルプレーは夏の大会では2013年の愛工大名電(愛知)が聖光学院(福島)戦で成功して以来の9年ぶり9度目です。

https://twitter.com/asahi_koshien/status/1560170303606882304?s=20&t=ndo5sCSBB4do_K8d5bbg_Q

これは、何度見ても興奮しますね。

監督はこの練習を何度もしたそうです。実際試合で使ったのはこの時は初めてだったとか。「後半強いチームが勝つ」の基、続けてきた努力が、エリート集団の大嵩桐蔭を破りました。

大阪桐蔭一強はライバル校をつよくさせた

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近畿勢躍進の理由の一つに、練習環境の差は大きい。近畿の学校は自校に戻って練習できるが、地方は満足な練習時間は得られない。その中で中心的存在が大阪桐蔭です。

大阪桐蔭は「特Aぞろい」のチーム。馬淵監督は昔「ええ選手がおって勝つのは一つも面白くない。力の落ちる選手たりを、練習と作戦と根性でいかに勝たせるかが監督の仕事でしょう」とつぶやいていたそうです。

2021年の近江×大阪桐蔭の試合と智弁和歌山

記憶に新しい昨年の大阪桐蔭を破った近江高校に大阪桐蔭からの誘いを断った選手がいました。今年3年生になっている山田陽翔(はると)選手です。昨年の3年生のエース岩佐直哉選手と組んで「必勝リレー」を用意。「3.4失点で抑えて守り勝つ」作戦で臨み、見事勝利しました。

こちらも、終盤の弱さを練習で体力と精神力を磨いた。

同じような事を下関国際の阪原監督もおっしゃっています。

また智弁和歌山高校の中谷仁監督も実績はおよばずとも、成長が見込める精鋭を集めて寝食を共にしたそうです。寮も新設して門戸を少し開放し、高校野球の常識を崩し独自性を打ち出してきた結果、優勝という結果をもたらした。

ベスト4に残った新鋭多高校。楽しみです。

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【追記】下関国際準決勝近江に勝利!

 

決勝でどちらが勝っても嬉しいですね。下関国際は古賀康誠選手と仲井慎選手がいます。2人とも147キロの選手です。

 

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