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三木アリッサの和菓子の魅力は?!裏に秘めたビジネス戦略が凄かった

こんにちは。しゅのんです。

多国籍国家のアメリカでいくつもの困難を乗り越えて日本の和菓子文化を広めようと起業した日本人女性「三木アリッサ」さん。

ロサンゼルスで和菓子D2C「Misaky.Tokyo」を創業。

三木アリッサさんは、Forbes Japan女性100人に最年少で選ばれ、多くのビジネス戦略を成功させてきました。

その7年間のスキルを基になぜ異国の地で創業することにしたか。

幼い頃から心に秘めてきた想いを大きく羽ばたかせた彼女のビジネス戦略を調べてみました。

「Misaky Tokyo」公式HP /Twitter

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アメリカで日本文化を展開した理由

三木アリッサさんのお母さんは有名な陶器人形作家でした。

数々の賞を受賞する技術がありながら、生活は成り立っていませんでした。

この現状をなんとかしないと。

コツコツ、丁寧な仕事。この一つ一つの動作を守ることで伝統が積みあがっている、日本の文化・伝統。これを守ってきてくれていることに感謝

将来も伝統を安心して守っていける環境ってなに?

  • 職人さんには正当にお金を受け取り、生活が安定する。⇒資金調達
  • 伝統を発信できる仕組みを作って、若手が憧れる環境にする⇒世界で活躍できる場を作る

冒頭にも書きましたがビジネスは7年かけて勉強しました。賞もいくつも受賞しましたが、何をすればいいかまさ迷っていました。

Misaky Tokyoを作った経緯

三木アリッサさんは、2001年9月11日、アメリカで起きた同時多発テロに遭遇しています。

たまたま、日本から祖父母がきていて家族でフロリダのディズニーワールドに行っていたため、難を逃れました。

【もし居たらあの日、あの時間、アリッサさんたちはあのビルにいるはずだった。】

テロから3日後、日本行の飛行機を冷たい床の上で待っていました。飛行機に乗るのが怖くてビクビクしていた時に、赤十字の方がグミをくれました。グミは心の快適さと安全の感覚を与え、宝石のほうに輝いて見えたと話しています。

「いつかお菓子で人を幸せにしたい」

ある日、友人がビーガンでグルテンフリーのため、お菓子が食べれないと話した時、ピンときました。

和菓子はビーガンでグルテンフリーではないか。そしてあの時にアリッサさんが感じた快適さと安全の感覚を再現できる材料だと考えたのです。

「日本の伝統である和菓子で職人の伝統を未来につなげる活路を」

そして、美しい未来を表す日本語を組み合わせた「ミサキー」という言葉をいれてブランドを立ち上げました

世界で資金調達できて、活躍するためどうするか。

日本のお菓子は世界では理解され辛い

⇒「豆を甘くする文化はない」「茶色や黒のお菓子が美味しいと思わない」「形が違い過ぎると味が想像しずらいので選んでもらいづらい」

日本の「おもてなしの心」を世界中の人に感じてもらうため、世界中の文化をとりいれたお菓子を作ることにした。

  • 中東。アフリカに人気の「ローズ」
  • ヨーロッパに人気の「ラベンダー」
  • アジアでは「マンゴー」
  • メキシコの「ハイビスカス」
  • 日本の「抹茶」

さらに、誰でもが食べられ、同じお菓子を共有できるように

  • ビーガン・グルテンフリー・無着色・無添加
  • 分けられるように、少し大きめのサイズ
  • 世界中に発送できる保存性のあるもの
  • 形はなじみがあり、美しい日本の文化を伝えられる宝石の形

実際、職人の方々に手ほどきを受けてアメリカに行かれたのですが、実際現地で材料調達してみると、日本と違うものが出来てしまい、とても苦労されたそうです。

何度も試作を重ね、データを構築し。そうして出来上がった素敵なキラキラした和菓子が出来ました。

そして、アリッサさんは、世界へ配信するためにビジネスとしても取り組みをしています。

「美しい先の未来、平等な社会への願い」のための取り組み

  • 製造現場での可能な限り女性を雇用し、教育をして育てる。
  • スモールビジネス同士を繋げる⇒レストランにレシピを公開してお菓子を製造委託する。こうすると経営が危ないとき、アリッサさんがこのお菓子を買い取ればそのレストランは命が繋がるということになります。
  • BLM(ブラック・ライブズ・マター)特別商品を作って、売り上げの100%を寄付する

彼女のビジネス戦略を理解された方々から次々と支援のオファーが来ています。

セレブに受け入れられれば、大きなイベントでも取り上げられ、取材もくる。そうしてビジネスの構築を重ねて、日本の職人に繋げられる。

三木アリッサさんは、これからも、邁進していっています。

三木アリッサさんnote:「日本の恥」だと言われた。それでも実現したい夢がある」

しゅのんの総評

いろんなバッシング。新しい事を始めるというのはとかく横やりが入りやすいものです。

一方で応援してくれる人達も大勢います。

三木アリッサさんは不平等さに憤慨し、自分の考えを理解してくれない人からの心ない言葉に傷つき、それでも職人さんたち、日本の文化のためにがむしゃらに突き進んでいます。

どうか、頑張りすぎている体を労りながらビジネス展開を広げていってくださったらと思います。

近々素晴らしい賞を受賞されるかもしれません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

色んなビジネスを勉強しながら、少子高齢化していく日本で勝負していたら未来がないように思えた。

世界に広げるためには、人口が増え移民も多いアメリカで勝負するのはどうだろう。

と思い立ったそうです。

日本の職人さんが抱える問題

日本酒のベンチャーや伝統工芸品のオークションを展開する百貨店で新規事業を開発する中で、直接職人とお話できました。

職人さんたちは、日本にとどまらず、世界に広めたいとおもっている。でもなかな難しい

世界展開するための土台が出来ていないからです。

そこで、三木アリッサさんは、「グローバルカーライゼーション」の上手なイスラエル専門商社で勉強しました。イスラエル女子部を作ったのもこの会社です。