きゃぴたるはあと
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渋谷朋矢さんて誰?時計台が日本最古じゃなかった時正直に言えなかったわけは

こんにちわ。しゅのんです。

「地元の時計台は、いつから動き出したのだろう」

その謎が頭からはなれなかった男性がいました。

その男性は、なんと!そば屋の店主だったのです。

渋谷朋矢さんは、『出石皿そば甚兵衛』の店主です。

http://www.jinbe.com/index.php

出石皿そばは、出石焼の小皿にそばをもってそばつゆをかけて食べる独特の食べ方をするお蕎麦です。

今はおちょこをつかうそうですが、1人前が5皿となっていたのを、今ではお腹と相談していただいて、一皿単位で注文できるそうです。

このお店は、「ミシュランガイド兵庫2016特別版」にて『ビブグルマン』として掲載されました。

その渋谷さんが、『激レアさんを連れてきた』に出演されます。

地元の時計台

渋谷さんが住んでいる町の時計台の名は「辰鼓楼(しんころう)」です。

兵庫県北部の豊岡市出石町にあって、出石城の石垣の上に建つ、木造で高さ約13メートルの時計台です。

地元の人たちにとって、この時計台は自慢でした。

「辰鼓楼」が建てられた明治4年、当初は太鼓を鳴らして時を知らせる楼閣として建てられたのでした。

辰=時刻、鼓=太鼓、楼=建物 を意味しているそうです。

そして、明治14年、旧藩医の池口忠恕(ちゅうじょ)が大病になった時に、地域の人々が平癒を願ってくれたことのお礼として、私費でオランダ製の時計を購入して寄贈したそうです。

池口さんは、時計をメンテナンスする技術を学ばせるために町の若者を東京に派遣までされました。

そして機械式の大時計が取り付けられて、現在の時計台となりました。

現存する日本最古の時計台として知られる、国の重要文化財、【札幌時計台】が動き出した年と同じです。

辰鼓楼

《アクセス》辰鼓楼が立つ出石地区の中心部は、JR山陰本線豊岡駅から全但バスで約30分の出石バス停で下車、徒歩5分。

観光でにぎわっていたこの町も、コロナ渦で一時休業になり、渋谷さんは時間ができたいまこそ、歴史をひもとこうと考えたのでした。

渋谷さん曰く、

「時計が動き出した日がわかったら、記念のイベントもできる。コロナが収束したら役に立つんじゃないかと思って。」

これが、苦悩の始まりになるとは、思いもしなかったでしょうね。

記念日を探る

まず、「出石町史」を調べましたが載っていません。

新聞を調べてみようと、地元の図書館を尋ねましたが、古い時代の資料はみつかりませんでした。

時計を寄贈してくれた医師の子孫の方にも連絡してみましたが、手掛かりはありませんでした。

町の広報に情報を呼び掛けてもらいましたが、反応が全くありませんでした。

出石藩校から続く小学校で ついに発見する

でも、ついに手がかりがみつかりました。

それは、町の小学校。

ここは、出石藩校の流れをくんでいて250年の歴史がある学校でした。

そして、学校は昔、辰鼓楼の隣にあったというのです。

突然訪ねてきた渋谷さんに、校長先生は最初驚かれましたが、

学校に残っていた、古い文書(学校の日誌)を金庫から取り出してみせてくださったそうです。

明治14年の日誌が2冊。そのうち1冊に書かれていました。

九月三日
辰鼓楼ノ営繕、本日ヨリ取リ懸ル

九月八日
辰鼓楼、修繕落成ニ付、本日十二時ヨリ報鼓ス

実際の文字は筆でかかれて解読し辛かったので、豊岡市の文化財室に確認していただいたそうです。

これによると、

時計が動き出したのは、9月8日。

札幌時計台の27日後だった。

 日本最古ではなかった。

140年ぶりの発見ですが、渋谷さんは最初どうしよう・・とおもってしまったそうです。

札幌の時計は、8月12日

辰鼓楼の時計は、その27日後。

「日本最古ではなくなった。どうしよう。町の人達はどう感じるだろうか。落胆しないだろうか。調べたことが裏目にでないだろうか。」

言うべきか、言わざるべきか。。。

心配だったけれど、渋谷さんは、町の人達に正直に伝えました。

町の人たちは、最初驚いたそうですが、渋谷さんが一生懸命に町の自慢の時計のことについて、調べてくれた功績をねぎらってくれたそうです。

そのとき、渋谷さんは、本当のことを言ってよかったと心から思ったそうです。

実は、地元の観光協会の人達は、「日本最古」といても、その裏がとれていなかったので、「日本最古・・・かもしれない」と明言を避けて答えていたそうです。

問い合わせがあっても「わからないんです」と答えていたのに、今度は堂々と「日本で2番目に古い時計台です」と説明できるので喜んでくれたそうです。

町の自慢の時計台

渋谷さんは、歴史を正直に伝えることができたおかげで『辰鼓楼』が話題になって町も明るくなった気がするそうです。

札幌時計台の館長さんも「辰鼓楼」も貴重な建物であることには間違いありません。一緒に時を刻んでいきたい」とエールを送ってくれたそうです。

辰鼓楼が動き出した9月8日は、日本記念日協会に「いずし時の記念日」として登録されたそうです。

しゅのんの総評

ここまで調べていくって、歴史学者並みですね。事実を知って、悩んでしまうなんて心が綺麗というか、優しすぎるというか。町の人たちもステキですね。

ともあれ、地元愛にあふれる、渋谷朋矢さん。

出石民謡保存会副会長もされていて、以前、「出石小唄」を作った野口雨情さん直筆の掛け軸を豊岡市内の古美術商で見つけられ、ニュースになったこともある方です。並の方ではないですね。

これからも、「日本最古年の時計台」を守り、町の人達とともに、文化を守っていっていただきたいですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。